横浜地方裁判所 平成7年(ワ)2678号 判決 1997年9月25日
主文
一 被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 原告の請求
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、実父が実子を故意または重過失により頭から落下させる行為によって脳に衝撃を与え後遺障害一級の障害者にしたとして、実子が実父に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 原告の母親で親権者である甲野花子(以下、花子という)と被告は、昭和六二年一二月一三日婚姻した。
花子と被告間に、平成元年九月五日、長男である原告が出生し、藤沢市内のアパートで親子三人で生活していた。
2 被告は、平成元年一一月一八日の夜、不注意(軽過失)から原告に全治一か月の火傷を負わせ(以下、火傷事件という)、平成二年一月二〇日、不注意(軽過失)から抱いていた原告を落下させて傷害を負わせた(以下、傷害事件という)。
3 花子は、平成二年、被告に対し夫婦関係調整の調停を申し立て、平成四年一二月九日、「原告の親権者を花子と定めて離婚する。被告は慰謝料、財産分与として二七一六万円を支払う。養育費及び扶養料として当面、平成九年一一月までは毎月一二万円を支払う(スライド式)。」こと等を内容とする調停が成立した。
4 被告は、横浜家庭裁判所に対し養育権の減額請求の調停を申し立てた。
5 原告の後遺障害は、後遺障害等級一級に該当する。
二 本件の争点
1 被告は原告を故意または重過失によって傷害を与えたか。
2 消滅時効は完成しているか。
3 原告の請求は権利の濫用に該当するか。
4 損害額
第三 争点に対する判断
一 原告の傷害は被告の故意または重過失に基づくものか。
1 まず、火傷事件及び傷害事件が発生するまでの間、被告が原告の養育につきどのような考えを有し、どのような態度をとってきたかにつき検討するに、《証拠略》によると、次の事実が認められる。
(一) 花子は、原告を出産後、平成元年一〇月中旬、藤沢市内のアパートで親子三人で生活していたが、被告は、「原告が泣く声が耳に障ってうるさい。」としばしば口にしていた。原告が泣きやまないと、原告の口を手の平で押さえるので、原告の鼻の下が赤くなってすり切れていた。
(二) 被告が原告を風呂に入れるといつも泣き出していた原告の泣き声がとまったので、花子が風呂場をのぞくと、被告は「あんまり泣くから浴槽内につけた。」と言うので、花子は驚き、絶対にそのようなことをしないようにと被告を強くたしなめた。被告は、原告が泣きやまないと、「うるさい」と言って、原告を押入れの中に入れたこともあった。ある日、花子が被告と口論になって、花子が原告を抱いて部屋の外に出ようとしたところ、被告は原告の頭を引っ張ったので、花子は「原告が落下したらどうするのか。」と言って激怒したこともあった。
(三) 被告は、原告が重いと言って抱こうとしなかった。被告と花子が原告を伴って自動車で買い物に出かけた際も、被告は「原告は抱いていくと重いから車中に置いて行こう。」と言った。花子は、車中に赤ん坊を置いていくのは危険だと考え反対した。
(四) 花子は、被告が原告を可愛がらず、抱こうともせず、むしろ、邪魔者扱いしたり、口を押さえたり、浴槽内に顔をつけるなど虐待するので花子の両親に相談したりして悩んでいた。花子の父は、被告が原告を抱こうとしないということを花子から聞いていたので、被告が花子の実家に立ち寄った際、被告に赤ん坊の抱き方を教えたことがあった。
2 前記1の(一)ないし(四)の事実によると、被告は全く自己本位で幼稚な性格の持ち主で、赤ん坊が泣くことに腹を立て、まるで善悪の区別もつかない幼児の如く力ずくで泣かせないようにするなど、自分の子供に対して普通の親がとる態度とは到底考えられず、被告には子である原告に対する親としての愛情は微塵も感じられないことが窺える。
3 火傷事件の発生、その原因とその直後の状況及びそれに続く傷害事件の発生、傷害の程度とその原因について検討するに、《証拠略》によると、次の事実が認められる。
(一) 平成元年一一月一八日、花子は、被告が原告の面倒を見るからというので友人の結婚式に出かけたが、結婚式が終わって帰宅したところ、被告と原告が不在であった。花子は被告らがまだ実家にいると思い、実家に出向いたところ、花子は実家にいた被告から「ごめんなさい」と言われたので、花子は原告の顔を見たところ、左の頬はガーゼでおおわれ、鼻の下は切れていた。花子の両親が被告に「どうして火傷をさせたのか」と聞いたところ、被告は「左手で原告を抱いて右手にやかんを持ってコーヒーを入れようとしたとき原告が動いたため原告とやかんを落として火傷をさせた。」と答えていた。花子は、鼻の下が切れていたことから被告が火傷をさせる前に原告の口を力を入れて押え付けていたこと、約一週間前に被告が花子の父から「絶対に片手で原告を抱かないように」と言われていたことから被告の弁解はおかしいなとは思ったが、そのときはまだ不注意で火傷をさせたのかと思って被告を許した。この事件の後、花子の父は被告に対し、「今後二度と原告を片手で抱きながら他の行為をしてはいけない。」と諌めた。
(二) 被告は、火傷事件後も、花子の見ていないところで原告の口を力を入れて押えつけ、鼻の下をすり切る暴行を加えた。花子が被告の転職の話とかマンション購入の件その他のことで被告と口論になり、花子がアパートを飛び出そうとしたが、その際、被告は花子に抱かれていた原告の首を引っ張って原告が落下しそうになったので飛び出すのをやめたことがあった。また、花子が被告と口論になった際、花子から原告を取り上げて原告を蒲団の上に頭から投げ出したこともあり、花子は生きた心地がしなかった。
(三) 原告は、三か月頃までは三時間おきにミルクをほしがって泣いたりしていたが、三か月を過ぎる頃になると、夜泣きすることも少なく、抱いてやればおとなしくなり、それほど親を困らせないようになった。
(四) 被告と花子は、平成二年一月二一日に被告の友人家族をアパートに招待することになっていた。花子は、同月二〇日の午後五時半頃、被告が原告の面倒を見ているというので、花子は、原告が泣かないようにミルクを飲ませて美容院に出かけ、約二時間後、帰宅したところ、自宅のアパートには誰も居なかった。
花子は、自分の実家に行き、「被告が原告を落として原告が意識不明になり救急車で病院に運ばれた」ということを聞いて知った。花子の父が病院で被告に「どうしてまた原告を落としたのか」と聞いたところ、被告は、「原告をうつ伏せにしていたら泣いたので、右手に掃除機を持って左手で原告を抱き上げたが原告が動くので落とした。頭を下にして畳の上に落とした。」と答えた。しかし、花子は、被告が原告をあやすために原告を片手で抱き上げたのを見たことがなく、被告は原告をあやすために抱くこと自体を嫌がっていたこと、被告は「泣いている原告は可愛くない。自分を責めているように聞こえる。」等と言っていたこと、原告が泣きやまないと鼻の下が擦り切れるほど強く口を手で塞いだり、押入れに投げ入れたり、浴槽内に顔をつけたりしてきたことから、花子は、被告の話は虚偽であり、原告をあやまって落としたのではなく、泣いている原告に腹を立て投げ飛ばしたのではないかと思った。
(五) 平成二年一月二〇日、救急車で来院した原告を診察した藤沢脳神経外科病院(数野医師)に対する被告代理人からの弁護士照会に対する回答の要旨は次の通りである。
(1) 来院時、原告の身体に外傷や火傷等の被虐待児症候群を疑わせる傷が存したか否かについては明らかではなかった。
(2) 幼児の場合、頭蓋骨も薄く、骨縫合線も閉鎖しておらず、脳をしっかり保護できていない状態であるから、頭部に直接強度の衝撃が加わった場合、脳が損傷されると呼吸停止が起きても不思議ではない。
(3) 入院後、頭蓋内亢進は著名であった。頭蓋内亢進の原因は、呼吸停止による無酸素血症または低酸素血症及び外傷による脳挫傷の両者に起因する。
(4) 呼吸停止が起こる程の頭蓋内亢進状態は、直接外傷に起因するもので、その後の少量の硬膜下水腫や血腫の貯溜に起因するものではない。
(六) 平成二年七月三〇日、原告を診察した国立小児病院(東範行眼科医師)に対する被告代理人からの弁護士照会に対する回答の要旨は次のとおりである。
(1) 受傷後、硬膜下血腫があったことから、硝子体出血は硬膜下出血が眼球内にまでおよんだターソン症候群であると判断した。
(2) 右眼の網膜剥離は、打撲による裂孔形成によるものか、重症の硝子体出血と増殖によるものかは、時間が経っているため不明である。左眼は、後に増殖から網膜剥離に至った。いずれにしても、小児の外傷としては希で、頭部あるいは顔面に強い衝撃を受けたために起こったものと思われるが、事故から受診までかなり時間が経っているので、当病院の所見のみで事故の状況を推測するのは困難である。
(七) 国立小児病院の東眼科医師は、原告代理人からの問い合わせに対し原告の病状を次のように説明した。
(1) 原告の両眼は失明状態である。
(2) ターソン症候群は、自動車事故で頭部をぶつける等、相当の衝撃を頭に受けないと起こらない症状であり、ベッドから落下した程度とか殴られた程度ではおこらず、子供ではまず起きない。これは脳内出血の程度が大変重いということで、通常は出血しても眼のほうまではいかないが、原告の場合、脳までが萎縮しており、普通の衝撃では起こらないものである。
(3) 原告の場合、両眼と脳に同時に障害が起きているが、このような全面的な症状は珍しく、両眼とも一度に失明状態は非常に珍しく、一体どのような形で落ち、頭部のどの部分が衝撃を受けたか不可解であることから、東医師は、被告から「原告を片手で抱き上げようとして畳の上に落とした。」との話を聞いたが、少し変であると思った。もし、原告に火傷や痣などがあったら、被虐待児症候群ではないかと思った。
4 前記3の認定に反する《証拠略》は、前掲各証拠に照らし採用しない。
5 前記3の(一)ないし(七)の事実をもとに、火傷事件の発生の原因及びそれに続く傷害事件の発生の原因について検討するに、火傷事件及び傷害事件を発生させた被告の弁解に共通している点は、原告が泣いたのであやそうとして片手で抱いていたとき、原告が動いたので落下させたことであるが、右弁解は以下の理由により極めて不自然である。すなわち、火傷事件に関する被告の弁解について検討するに、被告は、左手の手の平で原告の頭を持ち、左の脇下に原告の腰のあたりを挾んでいる状態で、右手で小鍋を持ち湯を注ごうとしたところ、原告が落ちそうになって鍋を原告の左頬に当ててしまった趣旨の供述をするが、被告は、それまで原告を抱いたことは殆どなかったため、仮に、被告が泣きやまない原告をあやそうとして抱いたとしても、泣きやまないどころか、片手で抱いたとすれば、抱かれた原告は不安定な姿勢となりあばれて、さらに泣き続けることが予想されること、原告に泣かれることを極度に嫌っていた被告が、熱湯をカップに注ぐ行為をするときに、わざわざ、あばれて泣き続けるかもしれない原告を左手に抱えてあやそうとしたというのは、被告の平素の行状からして考え難いこと、仮に、そのようなことをしたとすると、左手に乳児をかかえながら、右手で熱湯をカップに注ぐ行為がどんなに危険な行為であるか普通の大人であれば理解できるはずであるが、それにもかかわらず、原告をあやすため左手に乳児をかかえながら熱湯をカップに注いだということになり常識では考えられないことから、火傷事件に関する被告の弁解には不自然な点が多い。次に、傷害事件に関する被告の弁解について検討するに、被告は、右手に掃除機を持ち、左手で原告を抱いていて落としたと供述するが、乳児を左手で抱えながら右手で掃除機をかける行為は、乳児を落下させる危険があるため、常識のある大人であれば右のような行動はとらないこと、火傷事件の際、花子や花子の両親らから片手抱きをしないように注意されていたのに片手抱きを繰返したこと、被告は原告が泣いていたので泣きやませるために抱いたと供述するが、他方で、被告が抱いても泣きやまないことを認めていること、花子は被告の部屋以外は掃除をして出かけたので、被告が原告を片手抱きをしながら被告の部屋を掃除機で掃除をしなければならなかったほどの切迫した事情はなかったこと、原告を診察した国立小児病院の東医師は当病院の所見のみで本件事故の状況を推測することは困難であるとことわったうえではあるが、本件傷害は、原告の頭部あるいは顔面に直接強い衝撃を受けたために発生したものであると判断しており、本件事故直後、原告を診察した数野医師も、原告の症状から頭部に直接強度の衝撃が加わったことを認めていること、原告の症状に関する原告代理人の問い合わせに対して、東医師は次のように回答したこと、すなわち、傷害事件によって原告に発生した硝子体出血は、硬膜下出血が眼球内までおよんだターソン症候群であったこと、これは、自動車事故で頭部をぶつける等、相当の衝撃を頭に受けないと起こらない症状であり、原告の場合、脳までが萎縮しており、ベッドから落下した程度とか殴られた程度等の衝撃では起こらないものであること、以上の事実に照らすと、傷害事件に関する被告の弁解には不自然な点があまりにも多い。
6 以上の検討結果によると、火傷事件及び傷害事件において、被告が原告をあやすため片手で原告を抱いていたという被告の供述は、これをにわかには信ずることができず、被告は泣いている原告に腹を立て発作的に原告を落としたか、あるいは放り投げたのではないかとの疑念を払拭し難いが、被告が故意に原告を落としたり、あるいは投げたりしたとまでは認めることができない。しかし、本件証拠上、被告が故意に原告を傷害したという事実が認められず、被告が原告をあやすため片手で原告を抱きながら掃除機をかけている際に、被告の不注意によって傷害事件を発生させたという事実が認められるにすぎないとしても、傷害事件の発生原因についての前記認定事実にもとづき判断すれば、被告には傷害事件の発生について重大な過失があるというべきである。
二 消滅時効は完成しているか。
1 原告の法定代理人花子は、被告が平成二年一月二〇日、被告の不注意から原告に傷害を負わせたことを同日知って三年が経過した。被告は、平成七年一〇月一二日の本件口頭弁論期日において右時効を援用する旨の意思表示をした。
2 原告は、次のとおり、時効は完成しておらず、時効の援用は信義則に反し権利の濫用にあたると主張する。
(一) 被告は原告を故意又は重過失によって植物状態の人間に至らしめたのに償いをせず、本件事故から五年しか経過していないのに時効を援用することは権利の濫用である。
(二) 被告は、夫婦関係調整の調停が成立した平成四年一二月九日までにおいて、被告は原告に対する本件不法行為に基づく債務を認めており、時効は中断している。
(三) 離婚が成立するまで、被告は親権者として原告を養育しており、花子と被告は夫婦であったから、原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求することは事実上不可能であった。消滅時効は、権利を行使することを得る時より進行するので、時効の起算点は離婚成立時であるから、未だ時効は完成していない。
(四) 本件においては、加害行為後損害は現在まで継続しており、日々新たな損害が生じているので、時効は完成していない。
3 《証拠略》によると、傷害事件発生当時、被告は原告の親権者の一人であったこと、花子は平成二年、夫婦関係調整の調停の申立をしたが、花子は右調停の目的は、被告には原告に対し責任を果たそうとする気持が見られないので責任を明らかにしたいということ、今後、原告をどのようにして介護していくかを決めたかったことにあること、同年秋頃、花子は被告を重過失傷害罪で刑事告訴をすることまで考えたが、親族の説得にあって思いとどまったことが認められる。
右の事実によると、花子は、原告の将来の介護と被告の責任を明確にしたいとして調停を申立てたということは、被告との離婚も念頭においていたと認められ、花子が調停を申立てた目的に照らすと、花子が原告の法定代理人となって被告に対し不法行為に基づく損害賠償を別途請求することは理論的には可能であるが、花子としては、被告との調停が継続中に、原告の法定代理人となって被告を相手として損害賠償請求訴訟を提起することは、調停の成立にはかばかしくない影響を与えると考え、これを控えたとしても当然のことであり、また、右の調停で目的が達成されれば、訴訟を提起する必要はなかったが、後に認定するとおり、被告が調停で決まったことを誠実に履行しなかったため、右の目的が達成されなくなったため本訴の提起に踏み切らざるを得なかったのも当然のことであったと考えられる。
以上の事実によれば、消滅時効は、権利を行使することを得る時より進行するところ、花子と被告間に離婚が成立するまで、原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求することは事実上不可能であり、時効の起算点は離婚成立時であると認められ、時効は右離婚成立時から、進行するので、原告の本訴請求については未だ時効は完成していないというべきである。
三 原告の請求は権利の濫用に該当するか。
1 被告は、愛情に基づく生活共同体を形成する親子間において、みだりに市民法による権利の主張としての損害賠償請求権の行使は権利の濫用として認められないと主張する。
2 前に認定したとおり、被告と原告との関係は、愛情に基づく生活共同体を形成する親子関係であるとはいえず、他に原告の請求が権利の濫用に該当することを認めるに足りる証拠はないので、被告の主張は理由がない。
四 原告の請求は調停により清算されているか。
1 被告は、被告と花子間に成立した夫婦関係調整事件において成立した調停において、「離婚に関する紛争がすべて解決したものとして被告と花子間に何らの債権債務が存しない。」ことを確認したが、「離婚に関する紛争」には本訴請求も含まれ、したがって、被告と花子間だけでなく、原告、被告間においても何らの債権債務が存しないことを黙示的に確認したものであると主張する。
2 《証拠略》によると、次の事実が認められる。
(一) 花子は、被告が傷害事件を起こし原告を後遺障害一級の障害者にしたことによって自分の一生を原告の看護養育に費やすことを強いられ、普通の家庭生活を過ごすことも、ピアニストになる夢も不可能となり、経済的、精神的にも計り知れない負担を負わされた償いとして、被告から花子に対し、二七一六万円を支払うことを内容の一部とする調停が成立したもので、右金員の性格は、離婚に伴う花子の慰謝料と財産分与である。
(二) 被告と花子間に成立した前記の調停調書において、被告の原告に対する慰謝料を明記した条項は存在しない。
(三) 花子は、被告が前記調停で成立した事項を遵守してくれるのであれば、あえて、原告の法定代理人として被告に対し損害賠償責任を追及することまでは考えていなかったが、被告が調停で決まったとおりの養育費の支払いを滞らせたり、一方的に減額したりしてきたので、花子は債権差押命令を申し立てざるを得なくなり、被告が再婚して子をもうけたため調停で決まったとおりの養育費の支払をすることが困難となったことを理由に養育費の減額の調停を申し立て、月額一二万円から八万三〇〇〇円に減額する旨の審判がなされた。花子は、前記の調停の際、被告が将来、養育費の減額を申し立てるとは夢にも思わず、また、養育費の減額が事情の変更等により認められることがあることも知らなかったこと、養育費が減額されるようであれば原告との生活がなりたたなくなること、被告が将来、養育費を遅滞なく支払ってくれるか非常に疑問があることから、花子は原告の法定代理人として、別途、被告に対し損害賠償責任を追及することによって、養育費の減額分を補うため本訴を提起した。
3 前記2の事実によると、被告と花子間に成立した前記の調停において、離婚に関する紛争はすべて解決したことが認められるが、被告と原告間においても何らの債権債務が存しないとして解決されたとは認められない。
したがって、原告の請求は調停により清算されているとの主張は理由がない。
4 前記2の認定に反する被告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし採用しない。
五 原告の損害額
1 後遺障害による逸失利益
年収 五四九万一六〇〇円(賃金センサス平成五年度男子平均賃金)
労働能力喪失率 一・〇〇(後遺障害等級第一級)
労働能力喪失期間 六七年(六七-〇)に対応するライプニッツ係数
一九・二三九〇
一四年(一八-〇)に対応するライプニッツ係数
一一・六八九五
〇歳に適用するライプニッツ係数
一九・二三九〇-一一・六八九五=七・五四九五
(計算式)
五四九万一六〇〇×一・〇〇×七・五四九五=
四一四五万八八三四(円)(円未満切り捨て、以下同様)
2 慰謝料
後遺障害による慰謝料としては、後遺障害等級第一級であることを考慮すると二六〇〇万円が相当であり、傷害慰謝料としては、原告の傷害が被告の重過失によるものであること及び原告の障害の程度を考慮すると三〇〇万円が相当である。
第四 結論
以上によれば、原告の損害は、合計七〇四五万八八三四円となる。
本訴において、右損害のうち、三〇〇〇万円の支払いを求める原告の請求は理由がある。
(裁判官 日野忠和)